はるか昔、奥州の安達が原と呼ばれる荒れ果てた野原を、ひとりの旅の僧侶が通りかかった折のことである。秋の日はとうに沈み、辺りには冷たい風が吹きすさんで、宿となるべき家はおろか、人影さえ見当たらなかった。
很久很久以前,在被稱作奧州安達原的一片荒涼野地上,有一位雲遊的僧侶偶然路過。 秋日早已西沉,寒風呼嘯過原野,別說一間客棧,連半個人影也看不見。
途方に暮れつつ歩き続けるうちに、はるか前方にポツリと一軒の小屋の明かりが見えてきた。近づいてみると、それは粗末で今にも崩れそうな造りではあったものの、僧侶にとっては地獄に仏というほかなかった。
他正不知所措地走著,遠遠地看見前方有一間小屋亮著微弱的燈光。 走近一看,那不過是一間破爛不堪、隨時都可能塌掉的茅屋,但在他眼裡,已不啻是天降救星。
戸を叩くと、中から年老いた女が顔を出した。僧侶が「ご無礼を承知の上で申し上げますが、一晩だけ軒先をお貸しいただけないでしょうか」と頼み込むと、老婆はしばしためらう様子であったが、気の毒に思ったのか、ようやく中へ招き入れてくれた。
他敲了敲門,從裡面走出一位年邁的老婦。 僧侶懇求道:「冒昧打擾,能否讓我在貴舍屋簷下借宿一晚? 」老婦猶豫了片刻,但似乎是出於憐憫,最後還是把他請進了屋裡。
中はひどく寒く、囲炉裏の火だけがわずかに揺れていた。老婆は粥のような薄い食事を出してくれたものの、ほとんど口を開こうとせず、何やら思い詰めたような顔をしていた。僧侶も、長旅の疲れもあって、深く詮索することなく黙々と箸を運ぶばかりであった。
屋內冷得刺骨,地爐裡的火苗只是微微地搖曳著。 老婦端出了一碗稀粥般的清淡飯食,卻幾乎一句話也不肯說,神情彷彿正在為什麼事情深深苦惱。 僧侶旅途疲憊,也沒有多加追問,只是默默地動著筷子。
夜も更けてきた頃、老婆はおもむろに立ち上がり、「すきま風が冷たくてかなわないので、裏山へ薪を拾いに行ってまいります」と告げた。立ち去り際に老婆は声を低くして、「ただし、私が留守の間、決してあの奥の部屋を覗いてはなりませぬ。もし覗こうものなら、恐ろしいことが起きるでしょう」と念を押した。
夜深之時,老婦緩緩站起身,對他說:「縫隙裡灌進來的風實在受不了,我去後山撿些柴火回來。 」她臨走前壓低了聲音,再三叮嚀:「不過,我不在家的時候,那個內室你絕對不可以偷看。 哪怕偷看一眼,也會有可怕的事情發生。 」
妙な言いつけではあったが、僧侶は深く考えるどころではなく、ただ一晩ぐっすり眠れることばかりを願って、火のそばに腰を下ろした。やがて、外で枯れ枝を踏む足音が遠ざかり、家の中は不気味なほどの静けさに包まれた。
囑咐雖然奇怪,但僧侶此時也沒有心思深究,只盼著能好好睡上一晚,便在火邊坐了下來。 不久,外面踏過枯枝的腳步聲漸漸遠去,屋內籠罩在一種令人發毛的寂靜中。
しかし、待てども待てども、老婆は戻ってこなかった。次第に、僧侶の胸の奥では、最初はわずかな不安にすぎなかったものが、抑えがたい好奇心へと変わりつつあった。「あの奥の部屋には、いったい何があるのだろうか」と、気になってならないのである。
然而,等了又等,老婦卻始終沒有回來。 漸漸地,僧侶心底起初那點微不足道的不安,竟變成了難以抑制的好奇。 「那間內室裡,到底放著什麼呢? 」——他怎麼也按捺不住自己的心思。
「覗くまい、覗くまい」と幾度も自分に言い聞かせたものの、誘惑はいよいよ強まるばかりであった。とうとう抑えきれなくなった僧侶は、足音を忍ばせて奥の襖の前まで歩み寄り、ほんのわずかに開けて中を覗いてしまった。
「不能看,不能看」——他一遍又一遍地告誡自己,可誘惑卻越來越強烈。 終於忍不住的僧侶放輕腳步走到內室的拉門前,把門拉開一道細縫,悄悄地朝裡面窺視。
そこに広がっていた光景は、およそ言葉に尽くしがたいものであった。床一面には、白骨化した遺骸や、まだ新しい人間の死体が、まるで薪のように積み上げられていたのである。生臭い空気が一気に鼻を突き、僧侶は思わず後ずさった。
眼前的景象,幾乎是無法用言語形容的。 地上堆滿了已經發白的屍骨,以及剛被殺不久的人類屍體,像柴堆一樣堆得高高的。 腥臭的氣味猛地衝入鼻中,僧侶忍不住踉蹌著倒退了幾步。
「あの老婆は、噂に聞く安達が原の鬼婆に相違ない」と、僧侶はその場で悟った。恐怖のあまり全身が震え、しばらくは立ち上がることさえできなかった。
「這個老婦,定是傳聞中安達原的那個鬼婆無疑」——僧侶當場就明白了過來。 恐懼令他全身顫抖,一時之間連站起來都做不到。
それでも、ここに留まっていてはいずれ自分も餌食になりかねないと思い直し、僧侶は背中の荷物だけを掴むと、転がるようにして小屋から飛び出した。月のない夜道を、ただひたすら振り返ることなく走り続けるほかなかった。
即便如此,他還是想到再留在這裡遲早會淪為犧牲品,便只抓起背上的行李,連滾帶爬地從小屋裡衝了出去。 在沒有月色的夜路上,他唯有一路狂奔,連頭也不敢回。
ところが、老婆もまた、ほどなくして異変に気づいたらしかった。「おのれ、よくもあの部屋を見たな」という、地の底から響くような叫び声がしたかと思うと、背後には、もはや老婆とは似ても似つかぬ、髪を振り乱した恐ろしい鬼の姿が現れていた。
然而,老婦似乎也很快察覺到了異變。 背後傳來彷彿從地底響起的怒吼:「混帳,竟敢偷看那個房間! 」他一回頭,發現身後的人已經不再是原先的老婦,而是一頭披頭散髮、面目可怖的鬼怪。
鬼婆は凄まじい速さで野を駆け、見る見るうちに僧侶との距離を縮めてきた。逃げ続ける僧侶もすでに息は切れ、足はもつれ、もはや絶体絶命の境地に追い込まれつつあった。
鬼婆以驚人的速度奔過原野,眼看著就要追上僧侶了。 逃命中的僧侶早已氣喘吁吁,雙腿絆在一起,幾乎走到了山窮水盡的境地。
このままでは食い殺されるばかりだと覚悟を決めた僧侶は、最後の頼みにと、肌身離さず持ち歩いていた観音菩薩の像を背中から取り出した。膝をつくなり地に額を擦りつけ、声を限りに経を唱え始めたのである。
覺悟到再這樣下去只會被吃掉的僧侶,作為最後的依靠,從背上拿出了一直隨身攜帶的觀音菩薩像。 他剛一跪下,便把額頭貼在地面上,用盡全身力氣念起經來。
すると、不思議なことに、観音像から目もくらむような白い光が放たれた。その光に貫かれた鬼婆は、断末魔の悲鳴を上げて野原に倒れ、二度と起き上がることはなかった。
不可思議的事情發生了——觀音像中迸射出一道耀眼的白光。 被那光芒貫穿的鬼婆發出臨死前的慘叫,倒在原野上,再也沒有站起來。
僧侶が命拾いをしたのは、ひとえに仏の加護にほかならなかった。その後、僧侶はかつて鬼婆の犠牲となった人々のためにと、近くの寺にしばらく留まり、ねんごろに供養を続けたという。
僧侶能保住性命,完全是仰仗了佛祖的庇佑。 此後,他在附近的一座寺裡住了下來,為那些曾經慘遭鬼婆毒手的人們誠心地舉行了超度法事。
安達が原に旅人が消えるという話は、それ以来ぴたりとやんだそうである。
據說從那以後,旅人在安達原失蹤的傳聞,便戛然而止了。