池尾の禅智内供の鼻と言えば、その地方でそれを知らない者はいないというほどの有名な鼻だった。長さは五、六寸ほどあり、唇の上から顎の下まで、ソーセージのようにぶら下がっていた。色は付け根の方も先端の方も同じく赤く、ふやけたような艶を放っていた。

說起池尾的禪智內供的鼻子,那一帶幾乎無人不曉。 長約五六寸,從上唇上方一直垂到下巴底下,像一根香腸似的懸掛著。 從根部到末端都是同樣的紅,泛著像被泡漲了一樣的油亮。

内供は五十歳を過ぎた身だった。年老いてもなお、その鼻のせいで、心の奥に深い悩みを抱えていた。表向きには、僧侶の身でそんなことを気に病むのは恥ずべきことだとして、プライドの手前、平気な顔をして暮らしていた。

內供已年過五十。 年紀已長,仍因這隻鼻子,在心底深處懷著無盡的煩惱。 表面上,他認為身為僧侶卻為這種事煩心實在可恥,便為了維持自尊,裝作若無其事的樣子過日子。

しかし、内供の苦痛は、まず食事のときに表れた。鼻があまりに長いものだから、椀の汁を飲もうとすれば、鼻の先が口より早く汁に浸ってしまう。それを避けるために、弟子の一人が、鼻の下に細長い板をあてがって、汁を飲み終わるまで支えていなければならなかった。

然而,內供的痛苦首先表現在吃飯的時候。 因為鼻子實在太長,每當他想喝碗裡的湯,鼻子總是先一步浸入湯中。 為了避免如此,必須由一名弟子用一塊細長的木板托在他鼻子下方,一直支撐到湯喝完為止。

第二には、見た目の悩みがあった。鼻を見て笑う者がいるのを、内供はひそかに屈辱として感じていた。「同じ姿の者がいれば、心がいくらか楽になるのに」と、彼は経の中に出てくる人物の中にも、自分と同じ鼻を持つ者を探したが、ついにそれを見つけることはできなかった。

其次,是相貌引起的煩惱。 看到鼻子而發笑的人,內供暗自將這種笑視為屈辱。 「要是有長相相同的人,我的心也能稍稍寬慰一些吧」——他甚至從佛經所講到的人物裡,去尋找鼻子和自己一樣的人,但始終也沒有找到。

そこで内供は、鼻を縮めるためのありとあらゆる方法を試してみた。ぐみの皮を煮出した汁を飲んでみたり、ねずみの尿を鼻に塗ってみたり、奇怪な手段はいくつもあった。しかし、いずれも効果はなく、彼の鼻は相変わらず五、六寸の長さで、椀の上に垂れ下がっていた。

於是內供把一切想得到的方法都試了一遍,想要縮短鼻子。 喝過用茱萸皮煮出的湯汁,又塗過老鼠的尿水,奇怪的法子不一而足。 然而,沒有一種見效,他的鼻子依舊是那五六寸長,垂在碗沿之上。

ある日のこと、内供に仕える弟子が、新しい方法を仕入れて戻ってきた。それは中国から渡ってきた医者が伝えた方法であり、まず鼻を熱湯でゆで、それから人に踏ませて毛穴から脂を出させるという、奇妙な処方だった。

有一天,侍奉內供的一位弟子,學到了一種新方法回來稟報。 那是一位剛從中國渡海而來的醫生所傳授的法子:先把鼻子放進熱水裡煮,然後由人來踏踩,把毛孔裡的油脂擠出——是個奇怪的處方。

半信半疑ではあったが、内供は試してみることに決めた。表向きは弟子のために試してやるという体裁を取りながら、内心では、ようやく長年の悩みが解決するのではないかという期待を抱いていた。

雖是半信半疑,內供還是決定試一試。 表面上裝作是為了弟子才勉為其難地應允,可內心深處,已暗暗懷著「這多年的煩惱終於有救了吧」的期盼。

熱湯を入れたたらいが用意された。内供は穴のあいた板に鼻を通して、湯にしっかりと浸した。鼻はみるみる赤くなり、しばらくすると、表面にぽつぽつと脂のつぶが浮かんできた。

裝著熱水的盆已經準備好。 內供把鼻子穿過一塊開了孔的木板,緊緊浸進熱水裡。 鼻子很快泛紅,過了一會兒,表面上一顆一顆地浮出了油珠。