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JLPT N2物語

安達が原の鬼婆

旅人が泊まった一軒家に潜む恐怖のお話。

はるか昔、安達が原という荒れ果てた野原に、一人の旅の僧侶が通りかかった時のことである。日がすっかり暮れてしまい途方に暮れていた折に、前方にポツリと明かりが灯る一軒の粗末な小屋を見つけた。小屋には一人の老婆が住んでおり、僧侶が「どうか一晩泊めていただけないだろうか」と頼み込むと、老婆は少し躊躇したものの、不憫に思ったのか彼を中に招き入れてくれたのである。

夜が更けると、老婆は「すきま風が冷たいので、裏山へ薪を拾いに行ってこよう」と立ち上がった。しかし、家を出るにあたって「私が不在の間、決してあの奥の部屋を覗いてはならない。もし少しでも覗こうものなら、恐ろしいことが起きるだろう」と不気味な声で念を押した。僧侶は不思議に思いつつも、約束を守って静かに待つことにした。

しかし、老婆の帰りが遅くなるにつれて、僧侶の心には次第に不安と好奇心が湧き上がりつつあった。「どうしても奥の部屋が気になってならない」と、誘惑に抗えなくなった僧侶は、ついに襖を少しだけ開けて覗き込んでしまった。そこには、床一面に新しい死体や人間の骨が山のように積み上げられていたではないか。僧侶は「この老婆は、旅人を食い殺す鬼婆に相違ない」と悟り、恐怖のあまり震え上がった。

もはや休んでいるどころではなくなった僧侶は、荷物を掴んで一目散に小屋から逃げ出した。ところが、僧侶が逃げるや否や、戻ってきた老婆が約束を破られたことに気づき、恐ろしい鬼の姿に戻って凄まじい速さで追いかけてきた。「おのれ、よくも秘密を見たな」と叫ぶ鬼婆に追いつかれそうになり、僧侶は絶体絶命の危機に陥るほかなかった。

逃げ切れないと覚悟した僧侶は、背中の荷物から背負ってきた観音菩薩の像を取り出し、必死に経を唱え続けた。祈りが通じたのか、観音像からまばゆい光が放たれたかと思うと、その光に射られた鬼婆は悲鳴を上げて倒れ、ついに息絶えたのである。僧侶が命拾いをしたのはひとえに仏の加護にほかならなかった。その後、僧侶は鬼婆の餌食となった人々の霊を手厚く供養したということだ。