一八六八年、日本は明治維新という未曾有の大変革を迎えた。二百年以上にわたる鎖国政策に終止符が打たれ、国家は近代化への道を歩み始めた。この変革は、日本の運命を左右する歴史的転換点であったことは、今日の視点からすれば想像にかたくない。
黒船来航を境に、日本は否応なしに国際社会と向き合うことを余儀なくされた。列強による植民地化の脅威が現実味を帯びる中、富国強兵を掲げた新政府は、西洋の制度や技術の導入に邁進した。
廃藩置県を皮切りに、身分制度の廃止、徴兵令の施行、学制の公布と、改革は矢継ぎ早に進められた。わずか数十年で封建社会から近代国家へと変貌を遂げた事実は、驚嘆の至りというほかない。
しかし、急速な近代化には光と影があった。西洋文明の摂取に躍起になるあまり、伝統文化が軽視されるという弊害も生じた。洋服に身を包み、牛肉を食すことが文明開化の象徴とされた一方で、古来の習俗や価値観は時代遅れと見なされるきらいがあった。
こうした風潮に対し、日本固有の精神を守るべきだという声も根強く存在した。和魂洋才という標語は、西洋の技術を取り入れつつも日本の魂を失うまいとする決意の表れであった。近代化か伝統かという二項対立ではなく、両者の調和を模索する姿勢こそが、明治日本の真骨頂であったと言えよう。
明治維新から百五十年以上を経た現在、日本は再びグローバル化の波にさらされている。伝統と革新のはざまで揺れるこの国の姿は、明治の先人たちが直面した課題と相まって、不思議な既視感を覚えさせる。過去に学び、未来を切り拓く知恵は、いつの時代にあっても求められるものだ。