近年、日本では「ミニマリスト」と呼ばれる人々が静かに増えつつあります。彼らは必要最低限の物だけで暮らすことを選び、家具も服も食器も、本当に毎日使う物しか持たないという生活を実践しています。テレビ番組や雑誌で取り上げられる機会も多くなり、特に二十代から三十代の若い世代を中心に共感が広がっているようです。インターネットで「ミニマリスト 部屋」と検索すれば、家具がほとんど何もない真っ白な部屋の写真が次々と出てきます。
この流行は、物が溢れる現代社会への反動にほかなりません。高度経済成長期以来、日本人は多くの物を所有することが豊かさの象徴だと長年信じてきました。しかし二〇一一年の東日本大震災を契機に、「本当に大切な物は何か」を真剣に考え直す人が一気に増えたと言われています。津波で家ごと、家具ごと、思い出ごと失った人々の姿を目にした以上、自分が抱えている物への執着を見直さざるを得なかったのです。
ミニマリストの代表的な存在として、よく名前が挙がるのが佐々木典士さんです。彼の著書『ぼくたちに、もうモノは必要ない』は世界二十数か国で翻訳され、累計四十万部を超えるベストセラーになりました。元編集者だけあって、文章は驚くほど読みやすく、自身が以前住んでいた、本や服や家電が床まで散らかった部屋の写真も赤裸々に公開されています。本の中で彼は「物を減らしたら、人生で本当に大切なものが見えてきた」と繰り返し語っています。
整理整頓の分野では、近藤麻理恵さん、いわゆる「こんまり」さんの影響も無視できません。彼女が提唱する、手に取った瞬間に「ときめき」を感じるかどうかを基準に物を選ぶという方法は、アメリカでも大きな話題になり、ネットフリックスの番組にもなりました。さらに、二〇一〇年頃から広まった「断捨離」という言葉も、ミニマリストの考え方と深く結びついています。これは、いらない物を「断ち」「捨て」「離れる」という、ヨガの思想に由来する整理術です。
実際にミニマリストの部屋を訪ねてみると、その徹底ぶりに驚かされます。私の知人の一人は、東京の小さなワンルームのアパートに、布団一組、ノートパソコン一台、服十五着、食器三組、本五冊しか置いていません。最初に部屋に入った瞬間、家具がほとんどないために、自分の足音が壁に響くほど静かだったのが印象的でした。「服を減らしたからこそ、毎朝何を着るか迷うことなく、五分で出かけられるんですよ」と彼は笑顔で話してくれました。
ただし、ミニマリストの生き方が誰にでも合うというものではありません。家族と暮らす場合、自分の判断だけで物を捨てるわけにはいきません。また、子どもがいる家庭では、絵や写真など思い出の品を残したいという気持ちも自然に生まれます。「物を捨てすぎるのは極端だ」「結局、物を減らすこと自体が新しい執着にすぎないのではないか」という批判の声も少なくありません。実際、極端に物を減らしすぎて、生活に必要な道具まで手放してしまい、結局買い直す羽目になったという人もいるそうです。
それでも、物との向き合い方を見直すという点では、ミニマリストの考え方は現代社会において確かな価値があると言えるでしょう。スマートフォンの通知も、ネット通販の段ボール箱も、月々のサブスクリプションの請求書も増え続ける時代だからこそ、自分にとって何が本当に必要かを見極める力が求められています。完璧なミニマリストになる必要はありません。ただ、毎日少しずつ、引き出しの中の一つの物と向き合ってみるだけでも、暮らしは驚くほど軽くなるものです。