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JLPT N2物語

オペラ座の怪人

オペラ座の地下に住む怪人の愛と悲劇。

十九世紀のパリにそびえ立つ豪華なオペラ座は、世界中の音楽家や舞台人が憧れる華やかな殿堂であった。しかし、その煌びやかな表舞台の裏では、ある奇妙な噂が職員たちの間に絶えず流れていた。

「夜な夜な地下から不気味な音楽が聞こえてくる」「五番のボックス席には誰も座らせてはならぬとの脅迫状が届く」と、関係者たちはひそひそと言い交わしていた。いつしか彼らは、その正体不明の存在を「オペラ座の怪人」と呼ぶようになっていたのである。

そんな折、若く美しい歌手のクリスティーヌが、合唱団の一人にすぎなかった地位から、突如として主役の代役に大抜擢された。その夜の彼女の歌声は神々しいほどに澄み渡り、観客はそろって息をのみ、嵐のような喝采を送った。

楽屋を訪ねた友人に、クリスティーヌは打ち明けた。「実は私には、見えない『音楽の天使』が毎晩こっそりと歌の指導をしてくれているの」と、彼女ははにかみながらも、その存在を心の底から信じきっていた。

しかし、その「天使」の正体は、エリックという名の、生まれつき顔がひどく醜く崩れた一人の天才音楽家であった。世間の蔑みと拒絶に身も心も削られながら生きてきた彼は、ついには地上に居場所を失い、オペラ座の地下深くに身を潜めて暮らすほかなかったのである。

暗い湖と燭台に囲まれた地下の隠れ家で、彼は誰にも知られぬ孤独の中、ひそかにオペラの楽譜を書き、歌姫の卵たちにそっと声楽の手ほどきをしていた。

彼にとってクリスティーヌは、暗闇に降ってきた一筋の光のような存在であった。彼女のひたむきさに触れるにつけ、エリックの愛情は次第に狂気にも似た独占欲へと変わりつつあった。

ある夜、エリックはとうとう姿を現し、半ば呆然とするクリスティーヌを地下の隠れ家へと誘い込んだ。「君の歌声は私だけのものだ。永遠にここで私と暮らしてくれ」と、彼は彼女の前にひざまずいて願った。

折しもクリスティーヌの傍らには、幼馴染の青年貴族ラウル子爵の姿があった。彼女の才能とけがれのない美しさに改めて心を奪われた彼は、長年の友情を超え、真剣に求婚するに至っていた。

二人がひそかに愛を誓い合っていることを察したエリックの胸の内には、抑えがたい嫉妬の炎が燃え上がった。「お前のものになるくらいなら、彼女を世間から消してしまったほうがましだ」と、彼は恐ろしい決意を固めたのである。

そして公演当日、舞台の幕が上がり、クリスティーヌが歌い始めた、まさにその瞬間であった。舞台上の彼女の足元から照明が落ち、煙のような闇が一面に立ちこめたかと思うと、次の瞬間、彼女の姿は跡形もなく消えていた。

救出のために地下へと駆け降りたラウルは、エリックの仕掛けた巧妙な罠に落ち、たちまち命の危機にさらされた。鎖につながれ、刻一刻と迫る死の影に、彼はもはやなすすべもなかった。

エリックはクリスティーヌをラウルの目の前に立たせ、冷たい声で迫った。「さあ、選ぶがいい。私の妻になるか、それともラウルがここで命を落とすか」と、二者択一の残酷な選択を突きつけたのである。

愛する者を救うため、クリスティーヌは深い恐れと悲しみを抱えつつも、おそるおそるエリックに近づいた。そして、ためらいながらも、その醜く歪んだ顔にそっと口づけをした。

それは同情と慈愛に満ちた、エリックが生まれてこのかた、誰からも一度として受け取ったことのない人間の温もりであった。これまで愛というものに飢え続けてきた彼にとって、その一度の口づけは何ものにも替えがたいものにほかならなかった。

エリックは堰を切ったように激しく涙を流し、長年凍りついていた心が音を立てて崩れていくのを感じた。彼はラウルを縛っていた鎖をほどき、二人を解き放った。

「さあ、彼と一緒にここから去るがいい。二度と振り返らず、二度と戻ってきてはならぬ」エリックは震える声でそう告げ、ゆっくりと暗い地下の奥へと姿を消した。

その後、オペラ座の地下を捜索した警察が見つけたのは、ただ一つ、静かに転がっていた白い仮面のみであった。エリック自身の行方は、ついに知れずじまいに終わったのである。

類まれな才能を抱えながら、一人の人間としては誰にも愛されることのなかった男は、初めて真の愛に触れたその一瞬と引き換えに、自らの存在を永遠に歴史の闇へと葬り去ったに相違ない。

— 完 —