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JLPT N1物語

羅生門

雨やみの夜、職を失った下人が荒廃の門の上で出会う老婆と、生きるための悪をめぐる物語。

ある日の夕暮れ、一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。雨はざあざあと降り続けて、いつ止む気配もなかった。広い門の下には、彼のほかに人影はなく、ただ朱色の塗りがはげかけた柱に、一匹のキリギリスが止まっているだけだった。

羅生門は、本来であれば朱雀大路の南端に立つ平安京の正門だった。しかし、ここ数年の都の荒れ果てた様子は目を覆うばかりで、地震や火事、辻風や飢饉といった災いが相次いだために、門の修理さえ気にかける者はいなくなっていた。柱は朽ち、瓦は落ち、雑草が石段の隙間に生い茂っている有様だった。

加えて、近頃ではこの門の上には、引き取り手のない死人を捨てていく風習が生まれていた。日が暮れると、誰一人として近寄ろうとする者はなく、きつねやたぬきが住み着くような不気味な場所と化していた。

下人は、雨に閉じ込められたまま、行く当てもなく途方に暮れていた。彼は数日前に、長らく仕えていた主人から暇を出されたばかりだった。新たな働き口を求めて市中を歩き回ったが、世はこの飢饉のために、誰一人として彼を雇おうとする者はいなかった。

雨の音を聞きながら、下人の頭の中では、一つの問いがぐるぐると渦巻いていた。「明日からの飯はどうする。盗人にでもなって食いつなぐべきか、それとも、武士の家来らしく、飢え死にを選ぶべきか」と。

「飢え死にする」と言葉に出すたびに、彼の中にはなお武士としての誇りが残っていた。しかし、「盗人になる」と言葉にする勇気は、彼の中にはなかなか湧いてこなかった。空腹と疲労に押しつぶされながら、彼はとうとうこの夜は門の上で寝ることに決めた。

門の上に通じる、太い梯子があった。下人はそれに足音を忍ばせて登り始めた。半ばまで来た時、上の方からかすかな光が漏れているのに気がついた。

不審に思った彼は、なおも音を立てないように登り、わずかに首だけを伸ばして上をうかがった。暗い門の上のほうに、ぼんやりとした松明の光が揺らめいているのが見えた。そこには、目を覆うばかりの光景が広がっていた。

床には、数体の女の死骸が、無造作に転がされていた。その間で、髪の長い、痩せ細った一人の老婆が、松明の火を頼りに、一つの死骸の長い髪の毛を、一本ずつ丁寧に引き抜いていた。

その奇妙な光景を目にした瞬間、下人の中の迷いは、すべて吹き飛んだ。彼の胸の内には、悪に対する強い憎しみが、火のように湧き上がってきた。「盗人か飢え死にか」などとためらっていた自分が、まるでばかげていたかのように思われた。

下人は、はしごの上に身を躍らせ、一気に上り切るが早いか、刀の柄に手をかけて老婆に詰め寄った。老婆は、彼の姿を見るなり、跳ね上がるようにして逃げ出そうとした。しかし下人は素早く彼女の前に立ちふさがり、強い力で腕をつかんだ。

「老婆、お前、ここで何をしている。答えなければ、ただではおかないぞ」と、下人は怒りに震える声で問いかけた。老婆は最初、口をきく気力すらないように見えたが、やがてしわがれた声で、震えながらに答え始めた。

「お武家様、どうかお許しを。これは、髪を抜いて、かつらを作って売って、暮らしの足しにするためでございます。私のような年寄りの婆が、このような世の中で生きていくには、ほかに手立てがないのでございます」と老婆は弁解した。

「それに、ここに転がっている女どもとて、生きていた頃にはろくな暮らしをしていなかった。この女などは、蛇の肉を干して魚と偽って売っていたような者でございます。生きるためにそうした女の髪を抜いたところで、何の悪があるでしょうか」と、老婆は開き直ったかのように言い切った。

老婆の言葉を聞いた下人の中で、何かがふっと音を立てて崩れ落ちた。先ほどまでの正義感はかき消え、それと入れ替わりに、ある冷たい確信が彼の中に湧き上がってきた。「ならば、俺がお前の着物を剥いでも、お前は文句を言わないだろう。生きるためにすることであれば、それは正しいのだからな」と、彼は冷ややかに告げた。

言うが早いか、下人は老婆の首筋を乱暴につかみ、その身にまとう薄汚れた着物を剥ぎ取った。老婆は驚いて、すがりつくように何かを叫ぼうとしたが、下人はその老婆を、無造作に死骸の上に蹴り倒した。

剥ぎ取った着物を脇に抱え、下人は梯子をまたたく間に駆け下りた。羅生門の柱をちらりと見ることすらなく、一瞬のためらいもなしに、彼は雨の降りしきる暗闇の中へと、ひた走りに走り出していった。盗人としての第一夜は、こうして始まったのだった。

しばらく死骸の中で動かなかった老婆は、やがて起き上がり、つぶやくような声を漏らしながら、梯子の口まで這い寄った。下を覗くと、そこにはただ深い闇が広がっているばかりだった。下人の行方は、誰も知らない。

— 完 —