祖母の住む町に降り立つたびに、駅前の風景が少しずつ削がれていくのを実感します。商店街のアーケードはかつての賑わいが嘘のように静まり返り、シャッターを下ろしたままの店舗が軒を連ねています。八百屋の跡地は雑草に覆われ、写真屋の看板は色褪せて読み取れません。十年前まではここに行列ができていたという話が、もはや遠い昔話のように響くのです。
每次在祖母居住的小鎮下車,我都能切身感受到車站前的景致正被一點一點削去。 曾經熱鬧得令人難以置信的商店街如今寂靜無聲,連著一排店鋪的鐵捲門始終沒有再升起過。 蔬果店的舊址已被野草吞沒,照相館的招牌也褪色到無從辨識。 聽說十年前這裡還排著長龍的情景,如今聽起來宛如遙遠的傳說。
駅から祖母の家までの道のりは、徒歩で十五分ほどです。途中ですれ違うのは、決まって杖をついた高齢者か、買い物袋を提げた中年の方ばかりで、子どもの声を耳にすることはほとんどありません。小学校の校庭からは、かつて聞こえていた歓声が消えて久しく、近隣の三校が統合されたとの貼り紙が役場の前に出ていました。地方の現実を目の当たりにすると、統計の数字がにわかに生々しい肌触りを帯びてきます。
從車站走到祖母家大約要十五分鐘。 途中遇到的,總是拄著拐杖的長者,或是提著購物袋的中年人,幾乎聽不到孩子的聲音。 小學校園裡曾經迴盪的歡呼聲早已消失多年,鎮公所門口貼著公告,說鄰近的三所學校已經合併。 親眼目睹地方的現實,統計數字便驟然有了鮮活的觸感。
祖母は今年で八十七歳になります。朝五時には起き出して仏壇に手を合わせ、庭の野菜に水をやってからラジオ体操に出かけるのが日課です。同じ集落に住む同年代の友人たちと公民館の前で落ち合い、十分ほど体を動かしてから世間話に花を咲かせる――この時間こそが何にも代えがたい生きがいなのだと、祖母は繰り返し口にします。健康であってこその日常だと、当人が誰よりも自覚しているのです。
祖母今年八十七歲。 她的日常是清晨五點起床,先在佛龕前合掌,再為庭院裡的蔬菜澆水,然後出門去做廣播體操。 她和同齡的朋友們在活動中心前會合,活動十幾分鐘身體,再天南地北地閒話家常一陣——祖母反覆地說,這段時光正是她無可取代的人生樂趣。 最清楚日常建立在健康之上的,正是她本人。
ところが、その輪も年々小さくなっているといいます。去年は三人が施設に移り、ひとりは静かに息を引き取りました。残された者にとって、隣家の灯りが消えていくことの寂しさは、外から眺める者には推し量るべくもないでしょう。それでも祖母は、明日の予定を語るときばかりは、少女のような笑顔を見せるのです。
然而,這個小圈子也一年比一年縮小。 去年有三個人住進了安養機構,還有一位靜靜地走了。 看著鄰家的燈火一戶戶熄滅,那份寂寥,外人實在無從體會。 即便如此,每當提到明天的安排,祖母依舊會露出少女般的笑容。
買い物の不便さは年々深刻さを増しています。徒歩圏内のスーパーが昨年閉店し、最寄りの店まではバスを乗り継いで片道四十分を要します。週に二度、移動販売の軽トラックが集落を巡回してくれるおかげで、辛うじて新鮮な野菜や魚を手に入れることができている状況です。この販売車が廃止されようものなら、ここでの暮らしは立ち行かなくなりかねません。
採買的不便每年都在加重。 徒步可達的超市去年也關門了,最近的店家要轉乘公車、單程花上四十分鐘才能抵達。 多虧每週兩次有一輛行動販賣的小貨車在聚落間巡迴,居民們才勉強能買到新鮮的蔬菜和魚。 萬一這輛販賣車也停了,這裡的生活恐怕就難以為繼。
医療の事情も似たり寄ったりです。診療所の医師は七十代後半で、後継者がいまだ見つからないと聞きました。月に一度の通院ですら、家族の付き添いなくしては成り立たない高齢者が増えており、隣町の総合病院までタクシーを使う日には、年金の大半が一日で消えてしまうそうです。地方の医療を支える仕組みは、もはや個々人の善意に頼るだけでは限界に達しています。
醫療狀況也大同小異。 診所的醫師已是七十多歲,據說至今仍未找到接班人選。 每月一次的看診,越來越多長者都離不開家人陪同;遇到要搭計程車去鄰鎮綜合醫院的日子,一天就能花掉大半個月的年金。 支撐地方醫療的體系,早已超出了僅憑個人善意所能維繫的界限。