ある日の夕暮れ、一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。雨はざあざあと降り続けて、いつ止む気配もなかった。広い門の下には、彼のほかに人影はなく、ただ朱色の塗りがはげかけた柱に、一匹のキリギリスが止まっているだけだった。
某日的黃昏,一名下人在羅生門下等著雨停。 雨嘩嘩下個不止,遲遲沒有要停的樣子。 寬闊的門下,除了他之外沒有別的人影,只有一根朱漆斑駁的柱子上,停著一隻蟋蟀。
羅生門は、本来であれば朱雀大路の南端に立つ平安京の正門だった。しかし、ここ数年の都の荒れ果てた様子は目を覆うばかりで、地震や火事、辻風や飢饉といった災いが相次いだために、門の修理さえ気にかける者はいなくなっていた。柱は朽ち、瓦は落ち、雑草が石段の隙間に生い茂っている有様だった。
羅生門,本來是聳立在朱雀大路南端的平安京正門。 然而近年來都城的破敗已經慘不忍睹,地震、火災、旋風、饑饉等災難接連不斷,連門的修理都沒人放在心上。 柱子腐朽、瓦片掉落,雜草從石階的縫隙裡叢生而出。
加えて、近頃ではこの門の上には、引き取り手のない死人を捨てていく風習が生まれていた。日が暮れると、誰一人として近寄ろうとする者はなく、きつねやたぬきが住み着くような不気味な場所と化していた。
此外,最近這門的上層之上,竟然形成了把無人認領的死屍丟棄於此的習慣。 日落之後,沒有一個人願意靠近,這地方儼然變成了狐狸狸子住進來一般的詭異之處。
下人は、雨に閉じ込められたまま、行く当てもなく途方に暮れていた。彼は数日前に、長らく仕えていた主人から暇を出されたばかりだった。新たな働き口を求めて市中を歩き回ったが、世はこの飢饉のために、誰一人として彼を雇おうとする者はいなかった。
下人被雨困在門下,茫然無所適從。 幾天前,他剛被服侍了很久的主人辭退。 為了找新的差事在城裡到處奔走,可是因為眼下的饑荒,沒有一個人願意僱他。
雨の音を聞きながら、下人の頭の中では、一つの問いがぐるぐると渦巻いていた。「明日からの飯はどうする。盗人にでもなって食いつなぐべきか、それとも、武士の家来らしく、飢え死にを選ぶべきか」と。
聽著雨聲,下人腦中一個問題反覆盤旋。 「明天的飯怎麼辦? 是當個盜賊苟延殘喘,還是像武家家臣那樣,選擇餓死? 」
「飢え死にする」と言葉に出すたびに、彼の中にはなお武士としての誇りが残っていた。しかし、「盗人になる」と言葉にする勇気は、彼の中にはなかなか湧いてこなかった。空腹と疲労に押しつぶされながら、彼はとうとうこの夜は門の上で寝ることに決めた。
每當他口中說出「餓死」兩個字時,心中仍殘存著作為武士的驕傲。 然而,「去當盜賊」這幾個字,他怎麼也鼓不起勇氣說出口。 在飢餓與疲憊的重壓之下,他終究決定今晚就在門上過夜。
門の上に通じる、太い梯子があった。下人はそれに足音を忍ばせて登り始めた。半ばまで来た時、上の方からかすかな光が漏れているのに気がついた。
通往門上層的有一架粗壯的梯子。 下人放輕腳步開始攀登。 爬到一半時,他察覺到上面似乎有一縷微光洩漏出來。
不審に思った彼は、なおも音を立てないように登り、わずかに首だけを伸ばして上をうかがった。暗い門の上のほうに、ぼんやりとした松明の光が揺らめいているのが見えた。そこには、目を覆うばかりの光景が広がっていた。
心生疑惑的他,仍然極力不發出聲響地往上爬,只伸出脖頸窺視上方。 在那昏暗的門上之處,朦朧的火把光搖曳著。 眼前展開的是一幅讓人不忍直視的光景。
床には、数体の女の死骸が、無造作に転がされていた。その間で、髪の長い、痩せ細った一人の老婆が、松明の火を頼りに、一つの死骸の長い髪の毛を、一本ずつ丁寧に引き抜いていた。
地板上,幾具女子的屍骸雜亂地橫陳著。 其間,一名長髮瘦削的老婦,正藉著火把的光,一根一根、仔細地拔取其中一具屍骸的長髮。
その奇妙な光景を目にした瞬間、下人の中の迷いは、すべて吹き飛んだ。彼の胸の内には、悪に対する強い憎しみが、火のように湧き上がってきた。「盗人か飢え死にか」などとためらっていた自分が、まるでばかげていたかのように思われた。
看見這奇異的一幕的瞬間,下人內心的猶豫盡皆煙消雲散。 他胸中燃起了對邪惡的強烈憎恨,像火一般升騰。 先前還在「當盜賊還是餓死」之間猶豫不決的自己,此刻彷彿蠢得可笑似的。
下人は、はしごの上に身を躍らせ、一気に上り切るが早いか、刀の柄に手をかけて老婆に詰め寄った。老婆は、彼の姿を見るなり、跳ね上がるようにして逃げ出そうとした。しかし下人は素早く彼女の前に立ちふさがり、強い力で腕をつかんだ。
下人翻身躍上梯口,一衝到上層,手握刀柄就逼近老婦。 老婦一見他的身影,便像彈簧般跳起想逃。 然而下人迅速擋在她面前,用強力抓住她的手臂。
「老婆、お前、ここで何をしている。答えなければ、ただではおかないぞ」と、下人は怒りに震える声で問いかけた。老婆は最初、口をきく気力すらないように見えたが、やがてしわがれた声で、震えながらに答え始めた。
「老婆子,你在這裡做什麼? 要是不回答,我可不會輕饒」,下人憤怒顫抖地質問。 老婦起初彷彿連開口的力氣都沒有,但最終用沙啞顫抖的聲音開始作答。
「お武家様、どうかお許しを。これは、髪を抜いて、かつらを作って売って、暮らしの足しにするためでございます。私のような年寄りの婆が、このような世の中で生きていくには、ほかに手立てがないのでございます」と老婆は弁解した。
「武士大人,求您饒我這一回。 這只是拔下她們的頭髮,做成假髮賣錢,用來糊口。 像我這樣的老婆子,要在這世道裡活下去,再沒有別的法子可想」,老婦辯解道。
「それに、ここに転がっている女どもとて、生きていた頃にはろくな暮らしをしていなかった。この女などは、蛇の肉を干して魚と偽って売っていたような者でございます。生きるためにそうした女の髪を抜いたところで、何の悪があるでしょうか」と、老婆は開き直ったかのように言い切った。
「再說,躺在這裡的這些女人,活著的時候也沒一個乾淨。 這個女人,就是把蛇肉曬乾充作魚肉來賣的那種人。 為了活命而拔這種人的頭髮,又有什麼不對呢? 」老婦彷彿破罐子破摔一般,決然地說了出來。
老婆の言葉を聞いた下人の中で、何かがふっと音を立てて崩れ落ちた。先ほどまでの正義感はかき消え、それと入れ替わりに、ある冷たい確信が彼の中に湧き上がってきた。「ならば、俺がお前の着物を剥いでも、お前は文句を言わないだろう。生きるためにすることであれば、それは正しいのだからな」と、彼は冷ややかに告げた。
聽了老婦這番話,下人心中有什麼東西砰然一聲崩塌了。 方才那股正義感頃刻煙消,取而代之的,是一種冷漠的確信在他心中湧起。 「那麼,我剝下你的衣裳,你也沒法抱怨吧。 凡是為了活命做的事,就是對的——不是嗎? 」他冷冷地說道。
言うが早いか、下人は老婆の首筋を乱暴につかみ、その身にまとう薄汚れた着物を剥ぎ取った。老婆は驚いて、すがりつくように何かを叫ぼうとしたが、下人はその老婆を、無造作に死骸の上に蹴り倒した。
話音未落,下人就粗暴地揪住老婦的脖子,把她身上那件破舊的衣裳剝了下來。 老婦大驚,想攀附著喊叫,可下人卻毫不留情地把她踹倒在屍堆之上。
剥ぎ取った着物を脇に抱え、下人は梯子をまたたく間に駆け下りた。羅生門の柱をちらりと見ることすらなく、一瞬のためらいもなしに、彼は雨の降りしきる暗闇の中へと、ひた走りに走り出していった。盗人としての第一夜は、こうして始まったのだった。
抱著剝下的衣裳,下人轉眼之間衝下了梯子。 連一眼也沒有看羅生門的柱子,沒有片刻的猶豫,他就衝入雨夜的黑暗之中跑走了。 他作為盜賊的第一夜,就這樣開始了。
しばらく死骸の中で動かなかった老婆は、やがて起き上がり、つぶやくような声を漏らしながら、梯子の口まで這い寄った。下を覗くと、そこにはただ深い闇が広がっているばかりだった。下人の行方は、誰も知らない。
老婦在屍骸之中靜靜地躺了許久,終於起身,喃喃低語著,爬到了梯口邊。 向下一望,只見一片深沉的黑暗向下延展。 下人到底去了哪裡,沒有人知道。