第二次世界大戦の敗北により、日本は焦土と化した。都市は廃墟と化し、経済は壊滅状態に陥った。しかし、そこから日本が成し遂げた復興は、世界史に類を見ない奇跡というほかない。
一九五〇年代後半から七〇年代にかけて、日本は年平均十パーセントを超える経済成長を記録した。この高度経済成長期は、国民の生活水準を劇的に向上させた。三種の神器と呼ばれたテレビ、洗濯機、冷蔵庫が一般家庭に普及したのも、この時代のことだ。
急速な工業化の背景には、勤勉な労働力あっての成功という側面がある。終身雇用と年功序列を柱とする日本型経営は、労働者に安定をもたらす一方で、会社への献身を当然のものとした。残業もそこそこに帰宅するなど考えられなかった時代である。
経済成長は国土の様相をも一変させた。東海道新幹線の開通や高速道路網の整備を経て、日本列島は一つに結ばれた。東京オリンピックの開催は、戦後復興の象徴として国民に計り知れない自信を与えた。
だが、光があれば影もある。公害問題は経済発展の代償にほかならなかった。水俣病をはじめとする公害は、多くの人々の命と健康を蝕んだ。利潤の追求にかまけて環境を顧みなかったツケは、あまりにも大きかった。
バブル崩壊後、日本経済は長い停滞期に入った。かつての栄光を知る世代からすれば、隔世の感を禁じ得ないであろう。しかし、焼け野原から世界第二位の経済大国にまで駆け上がった歴史は、困難にあっても希望を持ち続けることの大切さを、私たちに教えてくれる。