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JLPT N1对话

哲学的な対話哲学对话

二人の哲学者が真理や人間の尊厳について深く語り合う。两位哲学家就真理和人类尊严进行深入探讨。

哲学者

夜更けにすまんね、わざわざ来てもらって。実はここ数日、ずっと頭を離れない問いがあるんだ。我々が絶対的だと信じて疑わない真理とは、所詮、人間の限られた認識能力が作り出した幻想に過ぎないのではないか、と。

这么晚把你叫出来,真不好意思。 其实这几天,有一个问题始终萦绕在我脑海。 我们深信不疑的所谓绝对真理,归根结底,不就是人类有限的认知能力所制造出的一种幻觉吗?

同僚

それはまた古典的な、しかし避けては通れない問いね。確かに、いかなる高度な科学をもってしても、宇宙の深淵を完全に理解することには無理がある。けれども、だからといって全ての真理が相対的な虚無だと言い切るのも、極まりない飛躍ではないかしら。

这是个古典却避无可避的问题。 诚然,无论何等高深的科学,要彻底洞悉宇宙的深渊都是力有不逮。 然而,因此便断言一切真理皆为相对的虚无,这本身岂不也是一个极端的跳跃?

哲学者

では、君にとっての真理とは一体何なのか聞かせてほしい。時代や文化の変遷とともに、正義や道徳の基準すらも絶えず揺れ動いているというのに。

那么,我想听听对你而言,真理究竟是什么。 要知道,正义与道德的标尺,也随着时代与文化的变迁而不断动摇。

同僚

永遠不変の実体など存在しないかもしれない。しかし、その不完全さを自覚しつつも、真の理解へと近づかんがため絶え間なく対話を続けるプロセスそのものにこそ、人間の尊厳があるのではないかしら。

永恒不变的实体,或许并不存在。 然而,在自觉于这种不完美的同时,为了向真正的理解靠近而持续对话的过程本身,正是人类尊严之所在,不是吗?

哲学者

答えのない問いを問い続けること自体が、我々の存在証明だというわけか。なんとも骨の折れる作業だが、思考を放棄した精神は死んだも同然だからな。

对没有答案的问题不断追问,本身便是我们的存在证明,是这个意思吧。 虽是极其费心之事,但放弃了思考的精神,便无异于已死。

同僚

まさにそこなのよ。古代ギリシャの賢者から二十一世紀の物理学者に至るまで、人類が紡いできた知の歴史は、結局のところ「分からない」ことを誠実に分かろうとしてきた営みの連鎖にほかならないわ。

正是这一点。 从古希腊的贤者到二十一世纪的物理学家,人类所编织的知识史,归根结底,无非是一连串诚实地试图去理解「不知道」之事的努力。

哲学者

では、相対主義に陥ることなく謙虚さを保つには、どのような態度が求められるのだろうか。確信と懐疑の絶妙な均衡 ── 言うは易く、行うは難し、だ。

那么,要在不陷入相对主义的同时保持谦逊,又需要怎样的姿态呢? 信念与怀疑之间微妙的平衡——说来容易,行之实难。

同僚

私はね、真理を「目的地」ではなく「方角」として捉えるべきだと考えているの。たどり着くことはなくとも、その方向を見失わずに歩み続けることはできる。北極星のようなものよ。

我啊,认为应将真理视为「方向」,而非「目的地」。 即便永远抵达不了,也仍可不失方向地继续行走。 就像北极星一样。

哲学者

美しい比喩だ。しかし、その方角を見失った者 ── すなわち、思考の怠惰に身を委ねた者たちを、君はどう評するのかね。

这比喻很美。 但是,对于那些迷失了方向的人——也就是听任思考惰性蔓延的人,你又会作何评价呢?

同僚

非難するよりも、惜しむわ。彼らとて、いつか立ち止まり、星を見上げる夜が訪れるかもしれない。我々哲学者の務めは、その夜が来たときに差し出せる言葉を、絶えず磨き続けることなのだから。

与其指责,我更感到惋惜。 他们也总有一天会驻足停下,仰望星空的夜晚或许终会到来。 我们哲学家的使命,正是在那一夜降临之时,能够递出可供之言——为此不断地打磨。

哲学者

なるほど。今宵の対話によって、私自身、随分と濁った頭が澄んできたよ。深く感謝する。

原来如此。 今夜的对话,让我自己浑浊的头脑也清明了不少。 深表感谢。

同僚

それはこちらの台詞よ。問い続ける友人がいるからこそ、私もまた問い続けることができる。ここからまた、それぞれの思索を歩み始めましょう。

这才是我该说的话。 正因为有不断追问的朋友存在,我才得以继续追问。 从此处起,让我们各自再迈开思索的脚步吧。

— 完 —