家制度とは、明治民法のもとで法制化された日本の家族制度であり、戸主を頂点とする家父長的な秩序を特徴としていた。家の存続こそが最優先事項とされ、個人の意思は家の利益に従属させられた。
この制度のもとでは、長男が家督を相続し、家業を継ぐのが当然とされた。次男以下は分家するか、養子に出されるかのいずれかであった。女性に至っては、嫁ぎ先の家に入ることで初めて社会的な役割を与えられるという、極めて不平等な構造であった。
婚姻は個人の恋愛感情に基づくものではなく、家と家との結びつきとして捉えられていた。見合い結婚が主流であり、当人同士の意向はおろか、感情すら二の次とされることも珍しくなかった。恋愛結婚など、家の秩序を乱すまじき行為と見なされていたのだ。
第二次世界大戦後、新憲法の制定をもって家制度は法的に廃止された。個人の尊厳と両性の平等が明記され、家族のあり方は根本から変わった。しかしながら、制度が消えたからといって、その影響が一朝一夕に消え去るべくもない。
現代の日本においても、長男が親の面倒を見るべきだという期待や、嫁姑関係の緊張は根強く残っている。墓や仏壇の管理を巡る問題もまた、家制度の残滓にほかならない。法律上は個人主義が確立されたとはいえ、意識の変革には世代を重ねてなお時間を要する。
少子高齢化が進む中、家族の形態は多様化の一途を辿っている。核家族化、単身世帯の増加、事実婚の広がりと、かつての家制度からは想像もつかない変化が起きている。伝統的な家の概念に囚われることなく、一人一人が自らの生き方を選べる社会こそ、真に成熟した社会と呼ぶに足るのではないだろうか。