昔々、悪魔の手で恐ろしい鏡が一枚作られたことがあった。その鏡には不思議な力があり、写すものをことごとく醜く、ねじ曲がって見せる呪われた力を持っていた。
悪魔たちはその鏡を抱えて天高く飛び上がり、神様までもを笑い者にしようと企てた。ところが、調子に乗りすぎたあげく、彼らは鏡を手から滑り落とし、鏡は地上へと真っ逆さまに落ちて粉々に砕け散ってしまった。
砕けた破片はあまりに細かく、何億という小さな見えないチリとなって、世界中の風に乗って散らばっていった。それを目に浴びた者はあらゆるものが醜く見え、心臓に刺さった者は心が氷のように冷たくなってしまうのだという。
北のほうのとある町には、カイとゲルダという仲のよい幼馴染が住んでいた。二人は隣同士の屋根裏部屋を行き来して、まるで兄妹のように毎日を共に過ごしていた。
ある夏の日のことであった。窓辺で薔薇の花を眺めていたカイの目に、突然「いたっ」と鋭い痛みが走った。そして同時に、心臓のあたりにも氷のような冷たさが走るのを感じた。
その瞬間から、優しかった少年は別人のように変わってしまった。母やゲルダに対しても冷たい言葉ばかりを投げかけ、薔薇の花を見ては「醜い、こんな花のどこが美しいというのか」と吐き捨てるようになった。
冬がやってきたある日、カイは広場へそりを引いていった。子どもたちが大きな馬車のそりにこっそりつないで遊ぶのを真似て、カイは自分のそりを、ふいに広場へ現れた純白の大そりに結びつけてしまった。
その大そりに乗っていたのは、人の目から見たこともないほど美しく、しかし恐ろしいほど冷たい女性、すなわち雪の女王であった。彼女のそりは音もなくはるか北へと走り去り、カイは一片の声も上げる間もなく、女王とともにどこかへ連れ去られてしまった。
春が巡ってきても、カイはついに町へ戻らなかった。みなが「カイは死んだのだろう」と諦めかけている中、ゲルダだけは「たとえこの命を賭けてでも、必ずカイを見つけ出してみせる」と固く決意した。
新しい赤い靴をお供えのように川に流して幸運を祈ると、彼女は小舟に乗って一人北を目指して旅立った。途中、彼女は薔薇好きの魔法使いのお婆さんに引き留められ、何度も思い出を遠ざけられそうになりかけた。
それでも自分の使命を思い出した彼女は、お婆さんの家を抜け出し、再び旅を続けた。秋になり、たどり着いた森の中では、賢いカラスが「北の宮殿でカイらしき少年を見かけた」と教えてくれた。
森を抜けた先では、山賊の娘たちに捕らえられ、命を落としかねない危機にも遭った。だが、その娘たちの中の心優しい一人がゲルダの事情を聞いて深く同情し、自分のトナカイを彼女に貸し与えてくれたのだった。
トナカイの背に乗り、ゲルダはひたすら北を目指して走り続けた。途中の凍てつく地で出会った賢いお婆さんは、「あなたの素朴な心こそが、何にも勝る力なのです」とゲルダに告げて送り出してくれた。
ついにたどり着いた雪の女王の宮殿は、見渡す限り氷で築かれた、生命の気配のない冷たい城であった。広間の中央には、心まで完全に凍りついたカイが、ばらばらの氷の破片を黙々と組み立てていた。
ゲルダはカイの姿を見るや否や、こらえきれずに駆け寄り、「カイ、私はずっとあなたを探していたのよ」と泣きながら彼に抱きついた。
彼女の温かい涙がカイの胸に落ちると、心臓に刺さっていた悪魔の鏡の欠片が、するすると溶けて流れ出した。同時に、目に入っていた小さな破片も、滝のような涙と一緒に流し出された。
「ゲルダ、こんなに冷たいところで、いったい僕は今まで何をしていたんだろう」とカイはようやく正気を取り戻し、二人は再会の喜びに声を上げて泣いた。
二人は手を取り合って氷の宮殿を後にし、長い長い帰り道を一歩ずつ、故郷の町へと向かって歩き始めた。
苦難の末に懐かしい町へ帰り着いた時、二人は自分たちがいつのまにかすっかり大人へと成長しつつあることに気がついた。悪魔の鏡が引き起こした恐ろしい出来事は、もはや遠い昔の夢にすぎなかった。幼い頃と変わらぬ深い愛情を胸に抱きながら、カイとゲルダはその後も、ともに穏やかな日々を送ったということである。