東京の朝の通勤ラッシュは、世界的にも有名な光景です。一日に何百万人もの人々が、限られた数の路線に集中して乗り込み、駅の改札からホームへと黙々と流れていきます。コロナ前のピーク時には、乗車率が180パーセントを超える路線も珍しくなく、乗客は身動きさえ取れないほどの混雑の中で毎朝通勤していました。海外のメディアがこの光景を取り上げるたびに、「人間の許容量」が話題になるほどです。
満員電車の中には、誰に教わったわけでもない暗黙のルールがいくつも存在します。大声で話さないこと、リュックは前に抱えること、降りる人を先に通すこと、ヘッドフォンの音漏れに気を配ること——どれも文字にされたことはありませんが、乗客たちは自然とこうしたマナーを守っています。外国人にしては驚くべきことかもしれませんが、これは日本人にとってはごく当たり前の振る舞いなのです。
かつては、混雑があまりに激しいため、駅員が乗客を電車に押し込む光景も日常的に見られました。「押し屋」と呼ばれた彼らは、ドアが閉まらないほど人があふれる車両に、文字通り体ごと乗客を押し入れる役目を担っていたのです。今では当時ほどの混雑は減りましたが、それでも朝の山手線や中央線、東京メトロ東西線の混雑ぶりは、初めて乗る人なら息を呑むほどです。
通勤時間の長さも、日本の都市部における大きな問題です。住宅価格の高さから都心に住むことが難しく、片道1時間以上かけて通勤する人は珍しくありません。往復で2時間以上を電車の中で過ごす人も少なくなく、立ちっぱなしの長時間通勤は、体力的にも精神的にも大きな負担となっています。一日のうちかなりの時間を「移動」のために費やしているという意識は、現代日本人なら誰しも持っているものでしょう。
満員電車は、健康面にも影響を及ぼします。長時間の立ち姿勢による腰痛や肩こり、密集した空間でのストレスや感染症のリスクなど、心身への負担は決して小さくありません。痴漢被害の問題も依然として深刻で、女性専用車両が導入されているものの、根本的な解決には至っていないのが現状です。「通勤地獄」という言葉が長く使われ続けているのも、こうした背景があってのことなのです。
こうした状況にもかかわらず、多くの人が文句を言うことなく毎日同じ電車に乗り込みます。遅刻するわけにはいかないという責任感、組織に迷惑をかけたくないという思いやり、そして何より「みんながそうしているから」という意識——これらが日本人を毎朝駅のホームへと向かわせるのでしょう。日本の鉄道が世界一正確だと言われる裏には、こうした乗客たちの忍耐があるのかもしれません。
しかし、近年はリモートワークの普及を契機に、通勤のあり方も大きく変わりつつあります。新型コロナウイルスの流行をきっかけに、多くの企業が在宅勤務を導入し、満員電車に乗らないで済む日が増えました。フレックスタイム制度を活用して、ピークの時間帯を避けて通勤する人も増えています。一度経験してしまえば、満員電車の異常さを改めて実感した人も多いはずです。
それでも、出社回帰の動きも徐々に強まっています。チームでの対面のやり取りや、新入社員の教育の難しさを理由に、リモートワークを縮小する企業が出てきました。完全に通勤がなくなるとは考えにくく、これからは「出社する日」と「在宅の日」を組み合わせるハイブリッド型の働き方が主流になっていくと予想されています。
都市計画の面でも、変化が見られます。郊外に新しい働く拠点としての「サテライトオフィス」を設ける企業や、駅前を再開発して住職一体型の街づくりを進める自治体も増えてきました。働く場所と暮らす場所を近づけることで、通勤負担を減らそうという発想です。これらの動きが定着すれば、満員電車の風景も少しずつ変わっていくかもしれません。
働く場所にこだわらない新しい文化が広がれば、通勤ラッシュの問題も少しずつ改善されていくでしょう。とはいえ、東京一極集中という根本的な構造を変えない限り、満員電車が完全に消えることは難しいかもしれません。それでも、毎朝の電車での1時間を、自分らしく過ごせる時間に変えていく工夫——本を読む、語学を学ぶ、瞑想する——は、今この瞬間からでも始められるはずです。